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社会不適合者の社会派ブログ

目指せ!新世代の社会派ブロガー!

「書を捨てよ、街に出ろ」というけれど・・という話

雑記・雑感

本記事は、個人的な感想です。

「書を捨てよ、街に出ろ」という言葉を素直に受け取れない笹史(@sasashi1992)です。

皆さん、「書を捨てよ、街に出ろ」という言葉を聞いたことが有ると思います。

辞書では意味が分かりませんでしたが、おそらく本ばっかり読んでいても(≒頭でっかち)ダメだ、実践を積めという意味合いなのでしょう。

その反論的な記事としては、

「書を捨て、町に出よ」はおかしくないか? | 企業再生のリアリズム――地域の現場から | 東洋経済オンライン | 経済ニュースの新基準 というのがあり

世の中にある発想の大部分は、何もない状態から考えたというより、既存のものの組み合わせであったり、既存の仕組みにプラスアルファを加えたものだと思います。思いつく限り、自分や自分の身の回りで取り組まれたすべての新規事業は、例外なく既存事業の延長にありました。

そもそも新規事業に限らず、自分が知らないものは考えられません。報告もできませんし、指示もできません。意思決定もできません。

たとえばはやりの英語学習でもそうで、知らない単語は聞き取れません。語彙もないのにリスニングばかりやっても時間の無駄です。

そういう何もわからない状況、予備知識もない状況でとりあえず「町に出ても」、漫然とだらだらするだけではないかと感じます。

 と『まずは、書を読むべきだ』という反論がなされておりました。自分は、「書を捨てよ、街に出ろ」という言葉を真に受ける人に違った感情を抱いているので書いていきます。

お品書き

 

「 書を捨てよ、街に出ろ」と言うものの・・

結局のところ、一般人は「捨てる書」も持ってないし、「街に出る」こともないんじゃないのかなと感じます。社会人や学生は、一見「街に出る」ことはしているものの毎日家と学校・会社を往復して仕事・学業,休みの日はゴロゴロという生活でしょうか。

 

「捨てる書」も持ってないし、「街に出る」ことも無いのは勝手じゃないかと?

ま、そういう方は

sasashi0526.hateblo.jp

するネタがなくなるのがオチでしょうか。

 

(881字)